日本で「バイク用品」と世間が呼ぶようになったのはいつからであろうか。戦後間もない頃、我々は革のランドセルや婦人用の革のコートを仕立てていた。浜松の寺島町で商売を営む小さな店舗、櫛谷商店。店内の土間では木で造られたショーケースに、革の小物が所狭しと並んでいた。モノづくりの街といわれた浜松で二輪車の製造が盛んになり、いつの間にかポンポンの街と呼ばれるようになった。クシタニがバイク用に革製品の製造を始めたのは、二輪メーカーからの依頼による。それ以来、浜松を拠点に全国へ、さらには世界へ、革製品のみにとどまらず多様なバイク用品を製造し、届け続けている。日本にバイク用品が無かった時代から、バイクライフを様々な環境で楽しめる現代への変遷を肌で感じるのに、この二輪文化創造の地である浜松ほど相応しい場所は無いだろう。クシタニの今と昔を詰め込んだ浜松本店で、その歴史に存分に浸ってほしい。
この9月に、浜松のクシタニ本店が移転オープンする。約600平米の広さを有する店内に入ると、物販スペースの他に、ミュージアムや休憩スペース、さらには復元された1947年創業当時の櫛谷商店が現れ、テーマパークさながらである。このクシタニ史上最大の店舗においても、クシタニはコンセプトから建築の細部にわたるまで、外注することなく一貫して社内でデザインした。クシタニショップとしてはもちろん、結果としてアパレル販売店としても類を見ない作りとなったが、新店建設はあくまで「キープコンセプト」である。
インターネットが普及し、情報が溢れている時代。世の中が便利になるにつれ、対面で販売するという昔ながらの販売手法も、近年では多くの企業において事情が変わってきた。それでも、クシタニは全国に新店舗を開け続け、今回の浜松本店の大幅リニューアルに至る。
「創業者たちが営んでいた櫛谷商店は、お客様が修理品を持ってこられたら、ついでに他の部分も直しちゃうようなお店。お客様はその製品自体を直してほしくて持ってきているのだから。困っているからうちに来てくれた。そんなお客様に喜んでほしい。それから、補修という意味での修理だけではなくて、こういうものが欲しいとか、こういうふうにして欲しいとか、そういった要望も叶えてあげたかったから、自分たちでアフターサービスやものづくりをしようという精神があった。その原点を忘れない。
遠方のお客様もいらっしゃるし、店休日もあるから、オンラインストアも大事なお客様との接点の場。それでもやはり、基本は対面。お客様の数だけ、こだわりや好み、バイクの楽しみ方や抱えている悩みがある。その1つ1つに向き合って、納得してもらえるまで話し込むことや、修理の相談にのることは、対面だからこそできること。原点回帰というか、元々自分たちの思っていたことはこういうことだよね、というのを視覚的にも残したかった。」
お客様の喜んでいる顔が見たい。物を売ることだけが商売ではない。店舗の形こそ新しく、特殊な作りをしているが、目指したのは受け継がれてきた精神の具現化。
「当時櫛谷商店のランドセルを背負って学校に通っていた子供たちが、今はおじいちゃんの年齢になっていますが、たまに店舗に遊びに来てくださるんですよ。目を細めて懐かしがってくれる。そういった方々や、当時のライダーは、こうして(櫛谷商店の)現物があれば、昔語りもよりしやすくなるのでは。世代交代が進んで、若いスタッフも増えている中で、原点を知るということは僕たち自身にとっても、そしてお客様に対しても大事なことになると思う。販売店という枠を超えて、そういった交流の場にもしていきたい。」
確固たる信念があるからこそ生まれた新しい店舗の形。創業から70年以上キープコンセプトを貫き続けるからこそ、クシタニの挑戦は終わらない。